法律相談所 たいとう

解決事例
家事

公正証書遺言の有効性を争った事例

相談内容

 Aさん、Bさん、Cさんの三兄弟は、幼いころから仲の良い兄弟でした。それぞれに年齢を重ねて、仕事も定年退職し、いつの間にか70代になりました。

 Aさんは妻も子もおらず、一人暮らしをしていたのですが、3年前から物を失くしたり、お金の管理ができないなどの認知症の症状が出てきました。Aさんのことを心配したBさんとCさんは、有料老人ホームを探し、Aさんは2年前から老人ホームで生活するようになりました。入居後もAさんと、BさんCさんとの交流は続いていましたが、Aさんは肺炎をこじらせて亡くなってしまいました。

 Aさんの葬儀の席で、突然Cさんが「A兄さんは生前、公証役場で遺言を作っていた。財産は全部Cにやると言っていた」と言い出しました。Bさんにはそのような話は初耳だったので驚いていたところ、数日後、Aさんの「遺言執行者」を名乗る弁護士から手紙が来て、Aさんの遺言公正証書のコピーと、遺産の一覧表が入っていました。遺言公正証書は、1年前の日付になっていて、Cさんが言っていたとおり、「一切の財産をCに相続させる」という内容でした。

 Bさんは再び驚きました。1年前のことを思い出すと、その当時、Aさんの認知症状はかなり進んでおり、面会に行ってもぼうっと座っていて、Bさんが話しかけてもにこにこしているだけで、自分が弟だということを認識しているかどうかもわからないような状況だったのです。そのような状況だったAさんが遺言を作ることなどできるのか、もしかしてCさんにいいようにされてしまったのではないかと、モヤモヤした気持ちがわいてきました。

 Bさんは、Cさんを疑いたくない、争いたくないとは思いつつ、同じようにAさんと仲が良く、Aさんのサポートをしてきたにもかかわらず、Aさんが自分を無視してCさんにだけ遺産を相続させるなどということはどうしても信じられずに、弁護士に相談しました。

受任結果

 弁護士は、まず、遺言を作成した前後のAさんの認知機能低下の状況を客観的に裏付ける証拠を集めました。具体的には、弁護士会を通じて、Aさんが入居していた施設、かかっていた医療機関、介護保険を取り扱っていた自治体に照会をして、Aさんの生活状況、カルテや画像、介護認定の際の資料等を入手し、それらを分析したのです。

 その結果、Bさんの見立て通り、遺言作成当時Aさんの認知機能低下はかなり進んでいたこと、遺言作成の日にはCさんも公証役場に同行していたことなどがわかりました。弁護士は、Aさんが公正証書遺言を作成した当時、遺言能力が無かった可能性が高いと判断し、裁判所に遺言無効確認請求訴訟を提起しました。

 訴訟では、Aさんの認知機能低下の状況に加え、AさんとBさんとの関係がCさんと負けず劣らず良好であったことや、遺言作成にCさんの関与が疑われることなどを主張して、上記のように収集した資料を証拠として提出したところ、Cさんも代理人弁護士をつけて、「Aさんは遺言作成当時、認知症だったかもしれないが、遺言能力が無くなるような程度のものではなかった。Aさんの遺言能力は、公証人も、遺言作成を支援した弁護士も確認している」と主張しました。

 弁護士は、さらに、Aさんが入居していた施設職員の証言や、Aさんがかかっていた脳神経外科の医師の意見書を取り付けて、Aさんの認知機能低下の状況を立証しました。

 Bさん、Cさんの当事者尋問と、Aさんの遺言作成を支援したという弁護士の証人尋問を経て、裁判官からは、遺言が無効であることを前提とした裁判上の和解勧告がなされました。

 和解協議を経て、Bさんは、Aさんの遺産の2分の1に近い金額を、和解金として支払いを受けることができました。

本件のポイント

 相続が発生したときに亡くなった人の遺産をどうするかについては、その人の遺言があれば、「遺言執行者」がその通りに遺産を処理します。本件では「一切の財産をCに相続させる」という遺言があったので、遺言執行者は、Aさんの全ての遺産を、Cさん名義に変更するなどしてCさんのものにすることになります。

 ただし、遺言がある場合であっても、民法上、兄弟姉妹以外の相続人(配偶者や子など)には「遺留分」という最低限の取り分が保障されています(民法1042条)。例えば、親子間の相続において、親が「一切の財産を子どもたちのうち誰か一人に相続させる」という遺言をしていたとすると、遺産をもらえなかった子どもは、全ての遺産をもらった子どもに対して、「遺留分」として金銭の請求ができます(1046条)。他方で本件は、兄弟間の相続なので、Bさんには「遺留分」がないため、「一切の財産をCに相続させる」という遺言によって、Aさんの遺産を1円ももらえないということになってしまいます。

 そのため、BさんがAさんの遺産を手にするためには、遺言無効確認請求訴訟という裁判をして、裁判所にAさんの遺言が無効であると認めてもらい、遺言がなかったのと同じ状態にするしかなかったのです。

 有効に遺言を作成するには、民法に定められた方式で作成すること(960条)と、作成するときに遺言者(遺言をする人)に「遺言能力」があることが必要です。「遺言能力」とは、「遺言内容を理解し遺言の結果を弁識し得るに足る能力」のことで、遺言者の年齢、心身の状況、健康状態、遺言についての意向、遺言の内容等を総合的に考慮して、その有無が判断されます。

 認知症が進むと遺言能力が失われることもあり得ますが、公証役場において公正証書という形で遺言を作成する場合には、公証人が遺言者と対面し、その話を聴き取って遺言を作成するため、「専門家である第三者が、遺言能力があると認めた」と解されやすく、実務上、遺言能力が否定されにくい傾向にあります(それが、自筆遺言ではなく公正証書遺言を選択するメリットです。)。

 本件では、訴訟提起前にAさんの医療記録や生活の記録を客観的に検討して、証拠として提出し、また、専門家医師の意見書も取り付けたことによって、裁判官に、遺言能力が無かったという心証を抱かせることができました。

 また、仮に遺言無効確認請求訴訟において勝訴したとしても、判決によって遺言が無効であることが確認されて、遺言がなかった状態になるだけで、現実に遺産を手にするには、遺産分割の手続きが必要になります。本件では、裁判上の和解という方法で、早期に、実質的に遺産分割と近い結果を得ることができたということも、Bさんにとってはメリットとなりました。